けっきょく、卒論完成コンパには行かなかった。。。
まあまあ行きたかったのですがね。
連日の飲み会、かつ4年生わからんしなぁ。と思いまして。

後で聞いた話によると、飲み会のあとカラオケにいったらしいですw
先生(笑)
うーん、めちゃ楽しそうでした(笑)

今日は、おとなしく4時くらいに群馬を出て、帰京いたしました。(笑)
遅延、運転見合わせともになかったです、珍しくもねw

しかし、さすがに師走というだけあって忙しいというか、12月は駆け抜けている気がしますね。なんだか、今年一年はいろいろと変化の年でありましたから、もうすこし整理をしたいところ。(笑)

でも、きっと整理している頃にまた次の変化になってしまうんです。
なんだかあわただしいです。

またもや

2015年12月20日 家・勉強


群馬で研究会がある、ということで午前中には群馬に戻ろうと思って、10時くらいにこっちをでたのですが。
またもやです。人身事故。
いかに年末と言ってもね。しかも日曜日ですよ。
深谷駅で完全に立往生。
昼間だったからでしょうか、再開も割と早かったのですが、結局研究会にはいかないで帰宅しました。

まあ、それというのも、今日は携帯の乗り換えをしようと思っていたわけでもありまして。
それがなければ、飲み会からでも行ったのですが。
キャリアは長い事auだったのですが、今回思い切ってsoftbankに乗り換えました。
いやぁ、乗り換え割は安いですねぇ。
このままずっと安いといいのですが。総務省もうるさいですから、携帯電話はよく考えようと思いました。

ちなみに、わたしは4sからずっとiPhoneを使用しているのですが、これで機種変更は5sと今回の6sで三台目のiPhoneです。
どうしてもAndroidは使おうと思わないですねw
それはどうでもいいのですが、さすがに今回の6sはカメラの充実がすごい。
ももが6だったので、しばらくももの携帯で写真をとっていたのですが、これでぼくの携帯が活躍するようになるでしょうなw

夜は、年末まで群馬に帰れないので、ちょっとはやめのかるい誕生日パーティー的なものを催しました。
いろいろ作ろうかと思ったのですが、携帯電話のさわぎで疲れてしまったので、弁当とか惣菜とかお酒とかでにぎやかに宴みたいな感じ(笑)

あしたは、卒論提出期限です。4年生、大丈夫かなぁ


来週2つ報告を抱えていることに気づきまして。
今年最後のスパートですかね笑

いや、いまの関心が建築史にあるもんで、そういう関係の文献を読んでいたら偶然にも見つけてしまった四条万里小路第。笑
これで、多少は時間が稼げるでしょうか。

問題は、外記政ですね。
こっちの復元はガチなんです。
ううん、頑張ろう…

休講

2015年12月8日 家・勉強

すっかり忘れてました、今日の授業は休講だったんです。笑

ということで、今日は法政大学に籠りました。
なかなかの収穫笑

ところで、
最近なかなか考えることが多いのですが、歴史とは変わらないものであるという理解が一般にはあるらしく、教科書改訂とかで歴史の教科書に変更があることにすごく違和感を示す人がいるようなのです。そのことを批判するつもりは毛頭ないのです。
ですが、歴史とは変わらない、ということについてなんらの疑問を持たないという考え方もあるのか、と少々驚いております。

歴史とは事実の集積です。これだけ見たら、過去に生起した事実そのものは変わらないじゃないか、という意見もありえます。その通りでありまして、昨日の夕食がハンバーグだったのに、スパゲッティに変わることはありません。歴史学で扱うのはもっとずっと昔の時代ですから、そういう類の事実認識での変更はあり得ますが、それで歴史の文脈が大きく変わることはそうそうあり得ません。

私たちの特徴は、事実とは事実単体で存在するとは考えていない点です。どういうことかというと、事実が生起するには事情があるからです。それは偶然にしろ、必然にしろ、事実の背景事情を鑑みるに、事実そのものの認識が大きく変わる、ということです。昨日の夕食はハンバーグだったわけですが、ハンバーグを食べたかったからハンバーグだったのか、洋食を食べたかったからハンバーグだったのか、別にハンバーグ食べたくなかったけどハンバーグだったのか、どれを取っても昨日がハンバーグだったことの評価が変わります。この部分の変化で、従来の歴史像は大変に変化する余地を持っています。事実の集積としての歴史はあまり変わる余地はない、新資料が見つかれば話は別ですね。歴史の可変性は、歴史家の描く歴史像の可変性です。

こうすると、歴史の物語り論復権、といきそうですが、まぁ歴史学という学問は、それほど脅かされやすいものではないですね。
立脚点が、事実の集積である点、強みは消えません。

うん、やっぱりこういうことを考えてもらいたいなぁ、でもめんどくさいなぁ、と思う今日この頃。

哲也

2015年11月25日 家・勉強


今日は中世史ゼミダブルなので、昨日見たく休むわけにはいかず。
3,4コマに授業に出てきました。

うーん。。
昨日の作業ペースから言って今日はすんごい久しぶりに徹夜ですか。
まじか。

そう、哲也しましたよw
なんかこう、めっちゃハイテンションになりますね(笑)
哲也のおかげで、ようやく終わりそうになってちょっと横になろうか
とベットに入ったのが午前五時。まだ日は登ってなかったのが唯一の救いでしょうか。

いまが何日で、何をするのかだんだん分からなくなる不思議w
もうしばらく哲也はしたくありませんね。。。


今日は古代史ゼミだったのですが、木曜日の授業の報告の準備がまったくすすんでいないのでお家から出られませんでした。

というか、ほんとに準備期間が短くてはらたちぬ。
先週まで、大会関連論文勉強会に完全に時間をとられ、
それまでは授業の報告に追われ。

ほんとにまとまって史料を読む時間なんてあるのか。。。

しかし、冷静になってみると、働きながら研究をするってのはできるのかという気持ちにさえなってきますな。
いや、時間は有効に使わねば。。。

迷い

2015年11月15日 家・勉強


今日も今日とて
天気わるいですね。
洗濯物が積みあがっていきますなんだか芸術(笑)

今日は東京大学にて史学会の大会がありました。
先輩が報告なので、どうしようかめちゃくちゃ迷いましたが、
自分の報告の論文を読み終わっていないので、断念しました。。。
申し訳ないんですが、自分の方が優先ですよね。。。
いや、はやめに取り組んでおけよという話なんですが。

さいきん、いろいろな研究会に顔を出すのが億劫になってきています。(笑)
もともと、いろんなひとと交流をもとう!みたいなのが苦手なので、無理してた感もありますね。
ですので、効率よく、顔を出したり出さなかったりという絶妙ポジションを維持することにします(笑)
そうすれば、よけいなお仕事が回ってくることもないでしょう。(笑)

いや、来週のは逃げられないんですけどねw

外出不可

2015年11月14日 家・勉強


文字通り、外出は最低限にとどまり、
家でこもりっきりに。

こうしていると家の中の空気が澱んでくるのが見えますねはい(笑)

定期的に換気しないと、精神的にも肉体的にも死んでしまいそう。。。

とりあえず、あと一本。。。

群馬→東京へ

2015年11月12日 家・勉強


来週の歴研の報告がとうとう現実問題に。
あれれ?まだ論文読んでねぇ。。。

ほんとはもうちょっと群馬でゆっくりしてたかったのですが、そうもいっていられず、午前中の間に群馬を出発し、東京で準備にとりかかります。
まずはよまねば。。。

というか、なんでこんなに国家財政史って難しいんですかね。
ああああ。
税制との関わりで収取体系が古代から中世にかけて通時的に見る必要がある、ってのは言うは易しですが、いざ論文になると、、、、、

うん。長い。ひたすらに長い。
もうちょっと頑張ろう。。。

めずらしく

2015年11月8日 家・勉強


本日は珍しく2人ともなにもない日なので、
一日家に籠って勉強&練習日になりました。

ももは本番が近いということで、気が休まらない休日に若干憤っておりました。(笑)

わたしは、火曜日の報告にむけて大詰めといったところ。
終らん。。。

どうにかして、色々と報告がかぶらないようにしているはずなのですが、前期は5月に集中し、後期は11月に集中するという有様。
なぜ。。。

とりあえず、目の前の報告から着実に終わらせていくしかない。。。
史料を読む授業なので、かなり勉強になるのですが、なにぶん古代史のため前提知識が追い付いておらず、あたふたするばかり。。。
関係論文をいろいろと読みたいのですが、なぜこうなってしまうんだ。。。

休講

2015年11月4日 家・勉強


あれ??今日水曜日。。。
学校行かな!!!

と思っていたのですが、手帳を確認したら「休講」と書いてありました。
ほんとかよ。。。
と思って、うちの学年暦を確認したら、昨日までの学祭の後片付け期間ということで、休講でした(笑)

そんなに片づけって時間かかるのか?とか思いながら、まあでも家で勉強すればいいやということで籠っていました(笑)

今日は、今度の大会関連論文報告会にむけて、論文を読んでいました。
「荘園制」という非常に大きな国制を、どのように捉えたらよいのか。
土地領有制度の転換点が、院政期に求められ、国家的政策としての荘園制と税制研究の進展は近年めまぐるしいものがあります。
しかしながら、国家の土地政策の転換が、地域に与えた影響はどのようなものであったのか。
在地の動向と、中央政界の人脈ネットワークの相関関係が、立荘に影響を与えているのであれば、すくなからず在地の情報も中央で共有されていたことになります。人を離れた土地政策はあり得ません。そのはずです。
いわゆる「下から」の寄進地系荘園論が、中央政界の人脈ネットワークに基づく「上からの」立荘論へ、という研究展開で理解するのはすこし脆弱な理解に陥ってしまう。
「下も上も」関係していたからこその国家土地政策の転換点になりえたであろうし、その意味では、従来の研究がずっと注目してきていた「在地領主」の重要性が再浮上してきたと言えるでしょうか。

今日論文を読んでいてめちゃくちゃ思ったのは、個人的に国家財政構造や税制研究を苦手としていることですね(笑)僕自身が。。。
いやぁ。税制の研究、面白いんですけど、なかなか理解がおよばない。。。
加えて、数量データにされてしまうと、確かに実証データとして重要なのはわかるのですが、数字に落とし込まれてしまった情報を、生きた史料として理解することが難しい。まだまだ勉強不足ですね。

ちょっと本腰入れて、国家財政構造や税財政構造を本格的に勉強しようかなぁ。

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